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鹿児島県喜界島出身の庭人(にわんちゅ)のつぶやき。
2014.06.16 Mon
こんばんは庭一です。昨日は父の日、お酒・ネクタイ・ベルトなどなどの感謝の気持ちを頂いた人もいるとおもいます。我が家の感謝の気持ちは自由時間でした。父の日の前日の土曜の夜を自由に使ってよいというシステム。2週間前から想像は膨らむばかり。あんな店・こんな店
迷っている最中、前々から行きたかった喜界島が誇る牧岡奈美さんのライブがあることを知り、友人を多々誘い渋谷まで行くことに。
渋谷の駅でかなり迷い何とか親友Tと合流。駅からライブ会場の居酒屋さんまで10分で行けるはずの距離を30分の遭難。スクランブル交差点は凄い人。何回ぶつかった事か。109付近は若者だらけ、お祭りはないけど凄い人。東京在住18年。大都会・東京の恐ろしさ改めて感じました。

こちらが喜界島が誇る牧岡奈美さんです。もう一人はご存じ、自由時間中の庭一。
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こんな間近で聴いていました。
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お酒も進み、庭一もこんな感じに
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久しぶりに会う後輩。36歳の庭一に「タカミチ兄ちゃん」と言ってくれます。
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最後は六調で(各自が三味線&太鼓&唄に合わせ自由に踊ります)大盛り上がり
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あまりの楽しさに失禁してる野郎が約1名。

若干羽目を外し超満員電車の山の手線で現実に戻り帰宅しました。

家族へ
3か月に1回位、自由時間があると、父上は超嬉しいです

牧岡奈美さんの詳しい情報(ウィキペディアより)

牧岡奈美(まきおか なみ、1983年10月8日 - )は、日本の民謡(奄美シマ唄)の歌手。
鹿児島県喜界島出身の奄美シマ唄の歌手(唄者)である。地元の八月踊りで唄者を務めていた祖母盛スミ子の唄に伴奏を付けるべく、小学3年生から地元の安田宝英三味線教室に通い始め、才能を開花。奄美大島南部瀬戸内町に伝わるヒギャ節の歌い方を習いながらも、独特のスタイルを身につけた。中学生からは鹿児島県民謡王座選手権に連続優勝するなどの実力を見せ、2001年にはシマ唄コンテストで最も栄誉ある奄美民謡大賞の大賞を受賞した。

2002年には奄美のレーベルであるJABARAレコードから『うふくんでーた』でソロ・デビュー。本アルバムは正調の島唄を納めている。 2005年6月にリリースされたセカンド・アルバム『南柯 Nanka』では、敢えて三味線を全く使用しない洋楽器のみの伴奏でシマ唄を歌い、斬新さと表現力豊かなヴォーカルで高い評価を受けた。

サードアルバム『ツツルシマ』でも洋楽器の伴奏で歌っている。譜面もほとんどなしという即興演奏で収録したという。本作品では、喜界島の八月踊り唄を2曲史上初めて収録。タイトルは祖母の出身地である喜界島の上嘉鉄集落の旧称。

奄美大島の奄美看護福祉専門学校の教員を務めながら音楽活動をしていた時期もあるが、2008年からは東京に拠点を移し、歌手としてライブハウス、奄美料理店、百貨店物産展のイベントなどでシマ唄を披露している。

略歴[編集]
1983年10月8日 - 鹿児島県大島郡喜界町生まれ[1] 。
1991年 - 安田宝英三味線教室に通い始める。
1995年 - 第16回奄美民謡大賞で「かんつめ節」を歌い、優秀賞受賞。
1997年 - 鹿児島県民謡王座選手権優勝。
1998年 - 鹿児島県民謡王座選手権優勝。
1999年 - 鹿児島県民謡王座選手権に3年連続優勝し、16歳で名人位獲得。
2000年 - 全九州民謡民舞の祭典青年の部優勝。
2001年 - 第23回奄美民謡大賞で「嘉徳なべかな節」を歌い、大賞受賞。
2008年4月 - 活動拠点を東京に移す。
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